いがらし朝青|もっと。よくなる。千代田。 | 【第1回】いがらし朝青物語
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【第1回】いがらし朝青物語

【第1回】いがらし朝青物語

作家 小松成美さんとの対談

2017年千代田に起つ男、41歳いがらし朝青(あさお)に、希代のインタビューの名手であり作家の小松成美さんが迫ります。「東大生Jリーガー?!」「世の中がグレーに見えた挫折の日々」「対話を通じてコーチング」気になるキーワード満載、盛りだくさんな全4回の物語です。(写真: 阿部拓歩、文章: 小出雄太)

第1回 目指せ!東大生Jリーガー

 

\フィールドを俯瞰できる点取り屋/

 

小松成美(以下、小松):友人から紹介された朝青さんの「千代田区をもっとよくする」活動とその志に、とても感激していました。インタビューの機会を作ってくださり、ありがとうございます。

いがらし朝青(以下、朝青):こちらこそ小松さんの本の大ファンです。最近だと『それってキセキ GReeeeNの物語』も読ませていただきました。今回、インタビューしていただけて、本当に光栄です。

小松:朝青さんは、とても優れたサッカー選手だったとお聞きしました。サッカーはいつ始めましたか。

朝青:つくば市にできたサッカークラブに小学2年で入団したのが始まりです。元日本代表の中山雅史さんや井原正巳さんを輩出した筑波大学サッカー関係者を中心にできたクラブでした。7歳から26歳まで約20年、人生の半分を現役でプレーしました。

小松:そんなに長く続けたサッカーの魅力とは何ですか。

朝青:サッカーって失敗のスポーツなんです。点が入るまでトライし続ける。その過程における失敗に寛容なところがサッカーの魅力です。

小松:ある日本代表選手は「プレーが始まれば、確率に違いはあっても必ずゴールできる可能性がある。そのわずかな可能性を信じられるのがサッカーの面白さだ」と言っていました。

朝青:とても共感します。私もわずかな可能性を信じ、失敗を恐れず無我夢中でボールを追い続けました。

小松:朝青さんはどのポジションでプレーしていましたか。

朝青:フォワードかトップ下です。シンプルに裏を取ってゴールを狙い、オフサイドギリギリでスルーパスに反応してゴールを決めるタイプでした。コーチからは細かいことよりも「とにかく攻めてゴールを決めろ」とシンプルにサッカーの原理原則を教わりました。

小松:19歳から引退まで取材した中田英寿さんも「サッカーは攻めてゴールを決めることでしか勝利できない」と、言い続けていました。攻めて走りながら、あの広いフィールドの全体は、見えているのですか。

朝青:見えます。俯瞰した絵が自分一人ではなく、チーム全体で共有された時はうまく行きます。さらに2手3手先まで共有できればヨーロッパのトップクラブのようになれます。


 

\目指すは東大生Jリーガー。そして最初の挫折/

 

小松:ずっとつくばでプレーしていたのですか。

朝青:はい、つくば市の公立小中に通いながらクラブでプレーを続けました。土浦第一高校3年の春にJリーグができました。これまでのマイナースポーツから一転、プロ化して華やかにショーアップされたJリーグに魅了され、地元の強豪筑波大学に進学しようとコーチに相談しました。すると、当時まだプロ化したばかりで洗練されていなかったJリーグの将来を見据えて「東大生Jリーガーになってリーグ全体のイメージを変えてみろ」と言われました。あまり意味はわかっていませんでしたが、「リーグを変える存在になれるのなら自分がなろう!」と東大に行くことを決めました。

小松:勉強ができたのですね。

朝青:好きではなかったです。学年でも中位で、試験で0点を取ったこともありました。実は東大に合格するまで3年掛かっています。

小松:そうでしたか。3年間あきらめずに合格を目指し続けるのは大変だったと思います。

朝青:順当な人生が浪人生活で一変しました。大学生活をエンジョイする友人と受験勉強する自分。その違いを見せつけられましたし、何より孤独でした。当時は父の書斎の本を手当たり次第に読んで孤独を受け入れ、他人と比べることをやめました。

小松:ご家族の支えも大きかったのではないでしょうか。

朝青:母はいつも通り明るく振舞ってくれましたし、電子・情報工学系の研究者として筑波大学の教授をしていた父からは「理系と違って文系は蓄積が利くから大丈夫だ」とアドバイスをくれました。私の選択を尊重してくれて、とてもありがたかったです。

小松:3年後に東大合格を果たすわけですね。

朝青:はい、東京大学文科Ⅰ類に合格しました。


 

\東大とサッカーの日々。そして2度目で最大の挫折/

 

小松:東大生としてJリーガーを目指したわけですね。どのチームでプレーしたのですか。

朝青:浦和レッズの練習生になりました。午前はさいたま市の大原サッカー場、午後は東大駒場キャンパスに通う日々です。トップチームで練習させてもらう機会もありました。

小松:プロ契約に近づいていますね。

朝青:はい。ところが当時在籍していたチキ(アイトール・ベギリスタイン 浦和レッズでプレーする前はスペインのバルセロナでも活躍。愛称チキ)を抑えようとした時のこと。チキの流れるような、消えるような動きに翻弄されて、アッサリと抜かれました。私は全く動けず、絶対的なレベルの差を感じました。Jリーガーの夢が難しいと感じた瞬間でした。

小松:浦和レッズとは契約に至らなかったのですか。

朝青:はい、プロ契約できませんでした。それでも大学を3年間留年しながらJリーガーへの道を探り、水戸ホーリーホックでも練習生としてプレーしましたが、契約には至りませんでした。

小松:Jリーガーの夢は実現しなかったのですか。

朝青:はい。それまでの人生を全て捧げた「東大生Jリーガー」にはなれませんでした。その瞬間からまるで人生が終わったかのように目の前に靄(もや)が掛かった日々が2年続きました。世の中がグレーに見えました。

第2回へ続く)

小松成美(こまつ なるみ)

真摯な取材、磨き抜かれた文章で、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆するノンフィクション作家。主な作品に、『中田英寿 鼓動』『イチロー・オン・イチロー』『勘三郎、荒ぶる』『YOSHIKI/佳樹』『全身女優 森光子』『熱狂宣言』『五郎丸日記』『それってキセキ GReeeeNの物語』などがある。

 

 

いがらし朝青(あさお)

1975年生まれ。千代田区在住。かに座。O型。東京大学法学部政治学科卒業。広告会社を経て2005年より千代田区の会社に勤務。趣味はサッカーとテニスとアカペラ。毎日の区内の移動はほぼ自転車です!弟の立青(たつお)は現つくば市長。