いがらし朝青|もっと。よくなる。千代田。 | teamasao2016
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Author: teamasao2016

作家 小松成美さんとの対談 2017年千代田に起つ男、41歳いがらし朝青(あさお)に、希代のインタビューの名手であり作家の小松成美さんが迫る「いがらし朝青物語」。 今回は第4回「目指すは千代田区のコーチ」です。 (写真: 阿部拓歩、文章: 小出雄太) 第4回 目指すは千代田区のコーチ  \第3回までのあらすじ/(第3回はこちら) 東大生Jリーガーを目指し東大に合格するもJリーガーの夢が敗れ、ボランティアを通じて挫折を乗り越え社会人になった朝青。コーチングで様々な企業に寄り添ってきたが、社会に対して自分は何ができるのか考え続けて出した結論が政治への道でした。   \朝青、千代田区に起つ/ 小松成美(以下、小松):家族に政治家がいらっしゃいますね。その影響を受けたのでしょうか。 いがらし朝青(以下、朝青):母(弘子)はつくば市議を務めましたし、弟(立青)は市議を2期務め2016年11月につくば市長になりました。政治家一家に見えますが、実は世襲でもなんでもありません。長崎出身の母は誰とでも仲良くなれる明るい性格で、PTAから始まって請われるがまま、つくば市議を2期務めて衆議院議員選挙に挑戦しました。母や、市長になった弟を見ていると政治家はプライベートが無くなるし、マジメにやればやるほどお金が掛かる。割に合わない仕事だと思ってきました。 小松:「割に合わない仕事」だと思っているにも関わらず、千代田区のリーダーになりたいと活動を始めているとお聞きしました。 朝青:周囲や社会に私はどんな影響を与えられるかずっと自らに問い続けてきました。勤めていたコーチングファームは千代田区にあり、海外赴任時期を除いても10年以上、毎日通って過ごしてきました。その中で千代田区が、日本のまん真ん中にあって世界への影響力も強く、これから日本や世界に先駆けて新しい変化を起こす可能性を秘めたマチだということに気づきました。3年後には2020年東京オリンピック・パラリンピックがやってきます。これからの千代田区のリーダーに求められる役割を考えると、私が最もふさわしく、地域によい影響を与えられると確信して、2016年3月に会社を辞めました。 小松:どのようなリーダーを目指していますか。 朝青: コーチのスタンスを活かします。地域の人たちが、いつどんな時に幸せを感じるのか。どんな生活を望んでいるのか。そのために行政はどんなことで役に立てるのか。コーチング同様「問い」を繰り返します。前例をそのままヨシとするのではなく、本質的な問いを通じて地域の課題を解決し、選択肢を広げて区民の皆さんに選んでもらえるようにします。   \いがらし朝青が千代田区で目指す姿/ 小松:具体的にどんなことを進めていきたいですか。 朝青:千代田区は国政や都政と比べ、最も身近にあって自分達で変えられるはずの区政への関心が高くありません。前回区長選の投票率は約42%でした。住民の約半分の意思も反映されていない数値で、サッカーで例えると、11人中5人もいない状態です。これではいい試合はできません。昨年から千代田区を「徹底的に見える化」する勉強会を続けてきました。例えば千代田区は「待機児童ゼロ」と言われますが厚労省基準以外だとゼロではありません。こうした現状を頭ではなくカラダでわかるようにして皆さんに問いかけると、「それはおかしい」「問題だよね」の声が挙がるようになりました。「疑問」や「質問」につながる実態をハッキリ見せることで住民の方々が地域や政治に関心を持ち、一緒に解決に向けて考えて動き出せるようにしたいです。 小松:区民の皆さんが地域や政治について自ら感じ、考えることが大事ですね。 朝青:はい。「政治は政治家がやるもので、自分たちは傍観者としてテレビで見るモノ」という常識を変えます。地域のことを他人任せにするのではなく、“自分事”として捉えてほしいのです。当事者になれば自分たちで考えて暮らしを豊かに変えていくことができます。私が地域を変えるのではなく、住んでいる皆様の意識が自然と変わっていくことを目指しています。そのための舞台(プラットフォーム)を整えます。   \劇場型から参加型へ/ 小松:地域の方々の政治参加を促すイメージですね。 朝青:はい。例えばディズニーランドはゲストとして楽しむ方が多いですが、キャストと呼ばれるアルバイトも応募者が殺到します。物語は観客として楽しむのではなく、演じる側になると、さらに面白くなります。お神輿を眺めるのではなく、仲間たちとともに肩に担ぎ、お互い力を出し合っているのを感じながら、「わっしょい、わっしょい」と楽しむ。この活動も私1人から始まりましたが、今では30人の仲間たちと取り組んでいます。 小松:人それぞれの物語に影響を与えるのがコーチの役割だとすれば、千代田区民の物語に影響を与える「千代田区のコーチ」を目指すということですね。 朝青:素晴らしいフレーズですね。私自身、頂点に君臨する権力者というのは望んでいません。千代田には永い歴史に裏打ちされた素晴らしい結束を誇る町会の方々、新たに千代田に来られたビジネスでご活躍の高い見識をお持ちの方々、多様な方々がお集まりになっています。在勤の方々も合わせると、ものすごい知恵とエネルギーがあるはずです。さらに、千代田には素晴らしく優秀な女性がたくさんいらっしゃいます。私は千代田区を「世界で一番女性を輝かせる街にしたいと思っています。あらゆる皆様の力を結集させれば、私1人より何万倍も魅力的なまちづくりができます。そのための舞台を提供するのが本来のリーダーの役割だと思っています。     \2025年ビジョン 東京オリンピック・パラリンピックのその後を見据えて / 小松:2020年の東京オリンピック・パラリンピックまであと3年です。 朝青:東京のまん真ん中にある千代田区を世界に知ってもらう千載一遇のチャンスです。選手はもちろん世界中から訪れる観戦者の皆様に千代田区を覚えて帰ってもらいたいです。そのアイデアもぜひ区民の皆様から募っていきます。例えばパラスポーツの中でも車椅子バスケットボールは床が傷つくという理由で練習できる体育館が限られ困っていると聞きます。優れた素材メーカーなどに相談すれば、床面を保護する技術などはすぐに見つかるはずです。解決策を見つけた上で、千代田区として体育館を車椅子バスケットボールに全面開放することも考えられます。しかし、2020年の後も千代田区民の生活は日々続いていきます。私は2期8年、2025年とその先を見据えたビジョンを掲げています。アスリートがパフォーマンスを最大限発揮できる環境を整えるだけでなく、閉幕した後の未来を見据えた整備を進めたいと考えています。   4回にわたってお送りした「いがらし朝青物語」はいかがでしたでしょうか。いがらし朝青の人物像や信条が少しでも伝われば嬉しく思います。毎朝の駅立ち、「もっと。よくなる。千代田。」会議やミニ集会、そして事務所にお越しいただき、お話をして、心を通じ合わせましょう。 「会えるリーダー」を目指すいがらし朝青は、皆様にお声を掛けていただければ、どこへでも駆けつけます! (終わり)   小松成美(こまつ なるみ) 真摯な取材、磨き抜かれた文章で、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆するノンフィクション作家。主な作品に、『中田英寿 鼓動』『イチロー・オン・イチロー』『勘三郎、荒ぶる』『YOSHIKI/佳樹』『全身女優 森光子』『熱狂宣言』『五郎丸日記』『それってキセキ GReeeeNの物語』などがある。   いがらし朝青(あさお) 1975年生まれ。千代田区在住。かに座。O型。東京大学法学部政治学科卒業。広告会社を経て2005年より千代田区の会社に勤務。趣味はサッカーとテニスとアカペラ。毎日の区内の移動はほぼ自転車です!弟の立青(たつお)は現つくば市長。  ...

作家 小松成美さんとの対談 2017年千代田に起つ男、41歳いがらし朝青(あさお)に、希代のインタビューの名手であり作家の小松成美さんが迫る「いがらし朝青物語」 今回は第3回「コーチ朝青と政治」です。 (写真: 阿部拓歩、文章: 小出雄太) 第3回 コーチ朝青と政治  \第2回までのあらすじ/(第2回はこちら) 東大生Jリーガーを目指し東大に合格するもJリーガーの夢が敗れ大きな挫折を味わう。世界に視野を広げた平和教育のボランティアを通じて挫折を乗り越え社会人になった朝青が出会ったのはコーチングでした。   \コーチングとは何か?/ 小松:社会人になられて転職を経験されていますね。 朝青:はい、実は学生時代の平和教育ボランティアで国籍を超えたチーム運営技術としてコーチングのセミナーを受けていましたが、よく理解できませんでした。しかし、社会人として仕事を始め、上司と部下の関係で生産性が大きく変わることに気付いてからコーチングの必要性を痛感しました。そんな時に講師の方と再会する機会があり、ご縁があって転職しました。 小松:最近ではスポーツのみならず企業でもよく聞くようになりましたが、コーチングとは何か教えていただけますか。 朝青:師と仰ぐ代表に秘書として仕えながらコーチングを学び、実践してきました。コーチングとは一言で言うとリーダーをつくることです。組織にはトップ以外に、ミドル、ベテラン、若手など様々なリーダーが必要です。それぞれの組織にどんなリーダーが何人必要で、どう育てていくかを一緒になって考え、取り組んでいきます。 小松:コンサルティングのような仕事ですか。 朝青:コンサルタントは持っている知識・知恵を与え、知識格差でお金をもらう仕事です。コーチは問います。問いかけて、問いかけて、お客様自らの力で自身が持つリソースを明らかにしてもらい、次のステップをどうするか選んでもらうプロセスを踏みます。コーチングの方が探索的です。答えのない問いを解いていくので価値が見えにくく伝えづらい部分があります。しかし、とても意義がありお客様に大変喜んでいただける仕事です。 小松:お聞きしていると企業や組織になくてはならない役割のように思います。 朝青:エグゼクティブコーチといって、組織のトップを対象とすることもあります。例えば、Jリーグのヴィッセル神戸のコーチングパートナーも務めました。 小松:朝青さんは何社くらいお仕事されているのですか。 朝青:10年ほどで約200社のプロジェクトに携わってきました。 弟の現つくば市長・立青氏もコーチ。 \朝青、成美さんをコーチング!/ 小松:コーチングって人を導く素敵なお仕事ですね。私もお願いすることはできますか。 朝青:もちろんです。今、私は成美さんにインタビューを受けていますが、コーチングをする場合は逆に私から質問をします。どんな質問をするか考える瞬間が実は最も楽しくワクワクします。 小松:ぜひ、朝青さんから質問してほしいです。 朝青:それでは、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか。成美さんはこれからどんな人になりたいと思っていますか。 小松:おかげさまでこれまでたくさんの本を書かせていただき、多くの方にお読みいただいてきました。でも、まだまだ伝えたいことは無限大にあって、、、(以下、作家像について胸に秘めた想いや創作についての不安を語る) 朝青:なるほど。秘密はお守りしますのでご安心くださいね。本来のコーチングなら今ここで次々に質問を重ねていくのですが、それは別に時間を取って。 小松:おー、これがコーチング! はい、ぜひお願いします。 朝青:コーチングではその人の職業や生き方における悩みや不安について、質問を通じて明らかにし、次のステップを一緒に考えていきます。人はそれぞれ物語を持ち、その中で生きています。コーチはその人が目標を達成するために物語に関わることができる唯一の存在です。先ほどの質問で、成美さんの物語に私が少し関わりましたが、その逆もあると思います。   小松:人生の物語と物語が交錯する場面に立ち会える、とてもすてきなお仕事ですね。 朝青:はい。物語がその人の目標に向かって変わっていくのを見届けられるのがコーチングの醍醐味です。     \コーチングが対象とするのは/ 小松:コーチングの考え方や技術の対象は、企業などの組織やエグゼクティブだけにとどまりませんね。 朝青:はい。例えばまちの人々の不安や悩みを聞き、未来を共に創りあげるために何を進めればよいかを一緒に考えることができます。 小松:平和教育のボランティアを通じて、社会に対して何ができるかを考えてきた経験が役に立ちますね。 朝青:そうですね。徹底して自分に向き合った東大生Jリーガーの夢が破れた後は、周囲や社会に対してどんな影響を与えられるのか、ずっと考え続けてきました。そして今、政治の世界に我が身を捧げたいと考えています。政治家になりたいというわけではなく、私が経験してきた「スポーツ」「平和教育」「国際感覚」などの領域と、培ってきた「コーチング」の技術が最も活かされるのが政治の世界だと考えたからです。 平和教育のボランティアでは、国を超えた子どもたちに寄り添い。展示会のビジネスではクライアント企業に寄り添い、コーチングのビジネスではエグゼクティブや組織に寄り添ってきました。今度は地域の人たちに寄り添って頼っていただける存在になりたいと考えています。 コーチングを通じて様々な人々の物語に関わってきた朝青。ついに政治の世界へ。次回は「目指すは千代田区のコーチ」と題して、いがらし朝青の千代田区政への想いに迫ります。 (第4回へ続く) 小松成美(こまつ なるみ) 真摯な取材、磨き抜かれた文章で、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆するノンフィクション作家。主な作品に、『中田英寿 鼓動』『イチロー・オン・イチロー』『勘三郎、荒ぶる』『YOSHIKI/佳樹』『全身女優 森光子』『熱狂宣言』『五郎丸日記』『それってキセキ GReeeeNの物語』などがある。   いがらし朝青(あさお) 1975年生まれ。千代田区在住。かに座。O型。東京大学法学部政治学科卒業。広告会社を経て2005年より千代田区の会社に勤務。趣味はサッカーとテニスとアカペラ。毎日の区内の移動はほぼ自転車です!弟の立青(たつお)は現つくば市長。  ...

作家 小松成美さんとの対談 2017年千代田に起つ男、41歳いがらし朝青(あさお)に、希代のインタビューの名手であり作家の小松成美さんが迫る「いがらし朝青物語」 、今回は第2回「挫折を乗り越えて」です。 (写真: 阿部拓歩、文章: 小出雄太) 第2回 挫折を乗り越えて   \第1回あらすじ/(第1回はこちら) 東大生Jリーガーを目指し3浪して東大に合格した朝青。晴れてプロチームの練習生としてプレーを続けたが越えられない壁に直面。そしてJリーガーの夢が破れ、目の前に色の無い世界が広がった2年間。そんな朝青が次のステップとして取り組んだものとは。 \「夢は必ず実現するわけではなない」ということ/   小松成美(以下、小松):Jリーガーの夢が破れ、目の前に靄(もや)が掛かったような日々だったそうですね。 いがらし朝青(以下、朝青):信じて疑わなかったJリーガーになれなかったのでショックはとても大きく、当時の記憶がすっぽりと抜けています。たぶん寝食どころか呼吸すら忘れてしまうような状態だったと思います。現実から目をそらし、次にどこへ歩み出せばよいかわからず、さまよっていました。 しかし今振り返ると20代でこの挫折を経験してよかったと思っています。大人は子供たちに「大きな夢を描こう」と教えますが、必ずしも実現するわけではありません。むしろ実現できない人の方が多いかもしれません。私は、そんな人たちに「たとえ最初に描いた大きな夢が破れても、また次に描けばいいんだよ」と自らの経験を通じて語りかけることができます。   \次のステップは世界に視野を広げた平和教育/   小松:次のステップとしてどのようなことに取り組んだのですか。 朝青:大学に通いながら平和教育のボランティアに取り組みました。CISV(Children's International Summer Villages)という非営利の民間団体で、世界中の子供たちをある国や地域に集めて、1か月掛けて友情を育むプログラム運営をしていました。 小松:素晴らしい取組です。 朝青:「平和は友情から生まれ、友情は子どもの時から育まれなければならない」という考えに則っています。例えば戦争のニュースを見たときに、その国に一人でも友達がいれば見方が変わります。他人事ではなく自分事になり、戦争の当事者になりにくくなります。そんな思いを込めて世界中の子供達と触れ合ってきました。 小松:子供たちの引率や運営をしていたのであれば、サッカーが役に立ったのではありませんか。 朝青:はい、サッカーは言語の壁を超えます。子供たちがスーパースター扱いをしてくれました。 このボランティアを通じて、Jリーガーを目指していた時は全く視野に無かった社会に対して目を向けるようになりました。自分はいったい何ができるのか、真剣に考え始めました。 小松:トップアスリートがプレーに掛ける集中力は超人的です。同時に、プレー以外で社会に対して何ができるか、どんな影響を与えられるかを真剣に考えて行動しています。朝青さんが東大生Jリーガーという異色の存在を目指した背景には、こうした社会的な影響力への憧れがあったのではありませんか。 朝青:今振り返るとそうかもしれません。普通のサッカー選手にとどまらず、より強く影響を与える象徴的な存在になりたかったのだと思います。 小松:自分の生きる時間軸にどのような世界があり、何を通じて影響を与えられるか考えることはとても大事なことです。しかし、できる人は多くありません。朝青さんが20代前半でこの視点を持って必死に考えられたことはとても素晴らしいと思います。   \国際的な展示会を企画する社会人1年生 そしてコーチングとの出会い/   小松:大学には何年通われたのですか。 朝青:3年間の留年と合わせ7年通って卒業しました。実は東大を3浪3留した劣等生です。 小松:お話を聞く限り、単なる劣等生ではありませんよ。全身全霊でJリーガーを目指し、平和教育のボランティアに取り組み、過ごした7年間はとても濃密に映ります。 朝青:サッカーでは自分と向き合い、ボランティアでは世界に目を向け、他人を思いやることの大切さを学びました。海外で活動しましたので片言でしたが英語でコミュニケーションをとれるようになりました。 小松:大学卒業後に就職をされるのですね。 朝青:最初に就職したのは国際的な展示会出展企業を支援する広告会社です。 小松:どのようなお仕事でしたか。 朝青:例えば東京モーターショーに出展するフランスの自動車メーカーに対して、そのメーカー・車種が最も魅力的に伝わるようにブースをデザインして施工し、ターンテーブルなどの魅せる演出からコンパニオンの手配までトータルにコーディネートしていました。 小松: 何を学びましたか。 朝青:展示会は各企業の最先端技術や商品をアピールする場です。普段の生活では見えない特殊な業界のトップシェア企業であるクライアントのために、寝る間を惜しんで最新トレンドを調べました。秒刻みで海外へ移動しながら、よりよく魅せるための提案を企画して実践する。徹底して人に尽くすという仕事の基本姿勢を学びました。 小松:その次に別の会社に行かれていますね。 朝青:コーチングファームです。 挫折を乗り越え社会人になった朝青が出会ったのはコーチングでした。 次回は「コーチと政治」と題して、いがらし朝青の政治への想いに迫ります。 (第3回へ続く) 小松成美(こまつ なるみ) 真摯な取材、磨き抜かれた文章で、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆するノンフィクション作家。主な作品に、『中田英寿 鼓動』『イチロー・オン・イチロー』『勘三郎、荒ぶる』『YOSHIKI/佳樹』『全身女優 森光子』『熱狂宣言』『五郎丸日記』『それってキセキ GReeeeNの物語』などがある。   いがらし朝青(あさお) 1975年生まれ。千代田区在住。かに座。O型。東京大学法学部政治学科卒業。広告会社を経て2005年より千代田区の会社に勤務。趣味はサッカーとテニスとアカペラ。毎日の区内の移動はほぼ自転車です!弟の立青(たつお)は現つくば市長。  ...